点滴2本。

サンクリストバルを出てオアハカを目指し、D.F.へ。
スペインへ戻る飛行機が発つまで、残りあと6日間である。

サンクリストバルを出てすぐのところで、くうまが下痢していることに気がつきました。
2時間で3回はもよおすほどだから、ちょっと要注意。
私も水便だったけど、下しはしてないから問題はなし。
旅先で真っ先に下して苦しむパパは大丈夫なように見えた。

サンクリストバルとオアハカは12時間の距離。
途中いい宿が見つからなければ、ノンストップで移動予定だったけど、やっぱりかなり無理があったので、予定を変更して泊まるところを真面目にリサーチすることに。
皆、プエルト・アンヘル辺りに安いバンガローがあると教えてくれたけど、道が悪いから現在地から2時間以上はかかって、翌日オアハカ行きも、遠回りのルート。
数日いられるなら魅力的だったけど、結局諦めることに。

ちなみに、私が10年近く前、NHKのスペイン語講座を見ていた時に、ちょうどここら辺の紹介をしてた回がありました。
すごく興味深く、村の名前を書き留めていたので、本当は行ってみたかったです。
メヒコの染色は面白いものが多くて、ガイドブックには「エンジ虫」というウチワサボテンのカビに寄生する虫を使うものが出てました。
つぶすと鮮やかな赤紫色の液が出、それを利用して染めるのだとか。

私が興味を持った回で紹介されていたのは、貝をつぶして採る紫色のお話。
貝から取る紫を「貝紫」と日本では呼ばれるのですよね。
紀元前1600年前の地中海、フェニキアで「帝国紫」と呼ばれ、珍重されていたそうです。
紫外線を吸収して発色すると、二度と退色しない不思議な性質で、「神秘」と言われたとか。
日本でも吉野ヶ里遺跡にて貝紫による染色が発見されたのですよね。
15世紀半ばに、乱獲によって「幻の色」になってしまった紫。
この放送ではこの「帝国紫」の話はしていなかったけれど、この小さな村にだけ伝わる「紫」とのことだったので、見てみたかったのですよねぇ。

San Agustin の、Don Luis村だと紹介されていたのです。
メヒコに行く前からネットでも探していたのだけれど、確かな場所が確認できなかったので、ルートに組み込むことができなくて残念です。
たぶん、プエルト・アンヘルの周辺だと思われたので、この記事を読んで、発見できた方がありましたら、是非レポしてくださいませ(願)


ってことで、どうせ一泊だから、行き先で見つけた街の宿で一泊することにしたのです。
到着は夕方の6時。
荷物を運び込んで、さあ・・・って時に、いきなりパパが食中毒症状発病でした。
さんざん吐いてから、次は下痢。
水を飲んでも吐いて下痢を繰り返し、ベッドで発熱。

しばらくくうまと散歩したり、遊んだりしてたのだけど、様子を見に戻った頃には、
「俺はもうダメだぁ・・・。救急車を呼んでくれぇぇ」
という状態に(冷汗)

宿のおばさんに急いで言いに行くと、
「下痢したらマンサニージャ(カモミールティ)飲めばすぐ治るわよ」
って、まったく取り合っちゃくれないし、救急車なんてないと言われるしで困った困った。
でも最後にタクシー呼んでもらって、救急病院へ何とかかつぎ込めたのでした。は~。
時はすでに夜9時。

そのままパパは奥に連れて行かれて注射と点滴2本。
ついでにくうまも下痢してるから看てもらったら、別室で漿液(? イオン水みたいなものです)を一口ずつコップ二杯と言われ、パパが夜中に復活するまでずーーっと飲み続けてました。
その間、医者や看護婦が入れ替わり立ち代り、「日本はどんな国なのか」ってことを延々話しかけられて、まあ退屈はしなかったけど、疲れましたです(ばたり)
しかし、こんなに日本に興味を持ってくれるってすごい。医者はやはり頭が柔らかいのぉ。
死にそうで倒れてたパパには、「メキシコに介入するアメリカをどう思う?」ってヘビーな話がもちかけられ、ベッドを囲んで、あーだこーだ物議の中心で寝る羽目になっちゃってたそうです(苦笑)

ま、とにかく点滴2本打ったら、嘘のように熱も引いて、普通に歯を磨いてパジャマに着替えて、寝られる所まで回復したパパでした(とりあえずね)



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by tabikuma | 2007-04-23 02:04 | メキシコの旅(D.F.→Yucatan)

blog「くーまくーま。」より旅だけをまとめたものです。


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