ジョアンとラウラの世界旅行 1

さて、リトラルの会のはじまりはじまり~。
リトラルと、新鮮なスルメイカのにんにく醤油炒め、サラダ、パン、市場で買った生サラミ、それに冷えたビール、赤ワイン。

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ラウラは、たぶん三十台後半かな?
ジョアンに誘われて世界旅行に出るまでは、船なんてほとんど乗ったことがなかったそうな。
ジョアンは、50台だと思う。
スペインのパナソニックでエンジニアをしてた時、日本にも来た事があると言った。
今回は二度目の世界旅行だそうで、一度目は船乗りの仕事を条件にヒッチハイクで世界を旅したんだとか。
知的で、経験豊かで、好奇心に溢れた人であった。

二人の世界旅行の話に、私たちは午後じゅうどっぷりのめり込みました。
せっかくなので、聞いた話を書き残しておこうと思います。



まず、ラウラとジョアンはバルセロナを出航し、大西洋を渡る前にカナリア諸島を目指すのです。
カナリア諸島はどこも素敵だったけど、世界遺産にもなっているゴメラ島が印象深く素晴らしかったと。

そのあと、セネガルのダカール経由で川を200マイル溯って探検したそうな。
いっぱいのカバが船を敵と勘違いしてぶつかろうとするんで、もー、怖かったんだそうで。
カバっておとなしいとよく言われますが、なかなか激しい動物だったらしい(汗)

食料が簡単に手に入らない上、お金では買えなくて、使いさしでも口紅やアイシャドウや髪留めだと喜んで交換してくれるようなところ。
それでも、肉はまったく手に入らない日が続いた2週間目のこと。
ハエがたかって真っ黒になって売られていた肉を見つけた時、ウッてなったけれど、煮たら大丈夫煮たら大丈夫と言い聞かせて目を瞑って買ったそうな。
よく煮込んだのに、口に入れてもなかなか飲み込めず、噛んで噛んで形がなくなるまで噛んで、必死で飲み込むように食べたって話。
旅の出だしがそれかいって感じで聞き入った、我らです(冷汗)

大西洋航海はスムーズだったらしい。
地球を西に西に回るルート、つまりヨーロッパ方面からアメリカ大陸に向かうのが偏西風をつかまえる追い風ルートなのです。
ちなみにパパがやった、カリブからスペインに戻るルートは、逆風で日数もかかる苦難ルートと言われています。
そして多くの船がカリブを目指すのですが、彼らが目指したのはブラジルのサルバドール・デ・バイア。
KUMA家が愛する場所5本の指に入るところっ!

私たちは、くうまがお腹にいるのがわかって4ヶ月目の安定期に入った時、子連れにはハードな国を大人だけで行く最後の旅にって、ブラジルに三ヶ月行って(って結局生まれてからもハードな旅をしてる気がするけど 爆)。
リオ・デ・ジャネイロからサルバドール・デ・バイア→オリンダ→レシフェ→ナタウと適当に北上してリオに戻る旅をしました。
南下してイグアスの滝も見たかったのだけど、国が大きすぎて南までぶらっとは行けないのを実感したのと、お腹が大きくなって長距離移動が困難になったのと。
そんな大きなブラジルで、彼らは最初に飛び込んだサルバドール・デ・バイアだけで3ヶ月居付いてしまったらしい。

アカラジェ!カルド・デ・スルルー!ペロリーニョ!!
合言葉のようにバイアの思い出のワードを口にするだけで、一緒に行ったかのように盛り上がってしまいました(笑)
ペロリーニョというのは、パステルカラーの古びたコロニアルの建物に囲まれた広場で、いつもブラジル音楽が溢れているところ。
隣の酔っ払いがカバキーニョ(小さい弦楽器)の名手だったり、裏道では子供達がドラム缶叩いてパンデイロの練習してて。
海は真っ青、砂は白くて、大きな椰子の木がバサバサと影を砂浜に落としてる南国ムードたっぷりのビーチもそこここにある。
カルド・デ・スルルーは、小さい牡蠣みたいな貝がいっぱい入った辛いスープ。
アカラジェは、屋台で売ってる辛いソースをかけた、マサを丸めた揚げ団子で、これがまた美味いのだっ。
バイアでの日々は夢のように楽しかったとか(激しく同意)
世界であんな不思議で楽しい場所も、そうはない。
ま、外から来た者は竜宮城気分で浮かれるけれど、収入がないからいつしか資金も底をつき、バイアを去ることになるわけですが(苦笑)

その後、ぼっちり北上してナタウに移動した彼ら。
ナタウは砂丘が延々と広がっているのと、ターコイズブルーの海が有名なブラジル北部の街。
私たちが行った時は、サンド・バギーをレンタルし、砂丘を(一応、妊婦なんでゆっくり)走って海を目指しました。
途中、小遣い稼ぎの少年がガイドをするからというので乗せたら、沖でシュノーケリングをしていた2時間ほどの間に、勝手に乗り回し砂丘で事故ったらしく。
少年は救急車でどこぞに運ばれたとかで、サンド・バギーは屋根が壊れて転がっており。
ホテルまで5時間ほどの道のりを、車の調子は悪いは、スコールでずぶぬれになるは、街中でガス欠になりパパはヒッチハイクでガソリン買いに走ることになるは、レンタカー屋は車を保険に入れてないからって修理代請求してきて夜中まで大揉めになるは。
私たちのナタウの思い出は最悪!と言ったら。
彼らの思いでもなかなかすごかった。

ブラジル沿岸はマリーナもなければ、アンカーリングできる場所も少なくて、ナタウでも川に突っ込んで一夜を明かしていたんだとか。
夜中におしっこに起きたジョアンが、暗い中船室を歩いていたら、・・・ごそごそうごめく物がいる。
じーっと目を近づけたとたん、ぎゃーーーーーーーーーーっ!!
ヘビ、ヘビ、ヘビが船の中にいる!いる!いるーーーー!!!(パニック)

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ジョアンは無類のヘビ嫌いらしい。
それよりなにより、アマゾンに近いですからね。猛毒だっておかしくない(怖)


「ヘビなんかいるわけないでしょうに~・・・」と起きて来たラウラがまた、ギャーーーーーーーーーーヘビ!ヘビ!ヘビィィィィィっ!!
ってもう、二人で大騒ぎになっちゃって。
大急ぎで村人に助けを呼びに行ったら、消防隊員のがっちりマッチョな兄さんが二人、ボートでやってきてくれた。
なのに船に乗り込んだとたん、一人はやっぱりヘビが怖くてしり込みしちゃって、またまた緊迫。
なんとかもう一人が長い棒で捕まえて檻に入れたんで、事なきを得たとか(ほっ)
ヘビはどうやら猛毒性ではなかったそうだけど。
猛毒だったらやばいでしょ。
気密性の高い船だけど換気口があるので、木から落っこちて船に乗っかったヘビがそこから中に入ることもあるって知って、ゾッとしたらしい(ひょえ~)

彼らの話は、まだ旅が始まって最初の一年ってのに苦難の連続だったのです。
続きますが、話は長いですよ?どうぞ世界地図を見ながら読んでください(笑)

ナタウからフォルタレッサと言う、さらに北部ブラジルの街を目指した彼ら。
ここからの浅瀬と言ったら半端じゃなくて、20マイル延々続いてるらしい。
20マイルというのは、普通は想像つかないと思いますが、陸から沖に5ノットで走って5時間かかるくらいの遠さ。
海からだと18マイルでやっと目指す島影が見えてくる、20マイルじゃまだ見えないかな~って、そんな距離です。

しかも、強風と波と強い海流でアンカーリングできるところもなく、何とか船をねじ入れられる川はないかと何日も昼夜走り続けたけれど、なく。
疲れ果てて、初めて使ってみたパラシュートアンカー(パラシュートのような形で水に抵抗を作って、錨を落とせない場所でも船を流されないようにする仕組み)はすぐ切れて使い物にならず。
船はずっとぐらぐらで、三回も暗礁に乗り上げ、その暗礁がもし致命的なものだったら船が沈むので、何かがぶつかって大きな音がしたら、恐ろしさのあまりしばらく開いた口と震える歯の根を指で必死にふさいで止めたのを覚えているとか。
ずっと眠れなず、休めないで辿り着いたフォルタレッサ。
港に入れた瞬間、ラウラは涙が止まらなかったと言ってました。
うう、それでも次に進んでるからえらいなあ。私ならそこで船旅やめて帰るかもぉ(もらい泣き)

そんな話を聞いて、パパは海図を見ながら、「アマゾン川は船入れないのかなあ」って。
いや、入れてもアマゾンは私がイヤっ!。
座礁して沈没したらピラニアが口あけて待ってるなんて(涙)
そうじゃなくても、得体の知れない毒虫やヘビがいっぱいいるんだよ~(しくしく)

浅瀬に懲りたからか、ブラジルを見限って隣国スリナムにひた走った彼ら。
あった川に突っ込むことができたのはいいけれど、橋に邪魔されて奥まで行けないとわかった時点で振り返ると、後ろから地元の漁船が両端に網を広げて「どけー!」と迫ってきたんだと。
後ろには橋、前からは網で動けずに困っていたら、そのまま突っ込んできて網が船に引っかかり。
破れたから金払えとナイフで脅されて、も~スリナムの思い出も散々らしい。

そんな話を聞いて、またも海図を見ながら「俺だったらスリナムじゃなくギアナに入れるなあ」とパパが言った。
ギアナには大きく美しい有名な川がある。
ギアナ高地に続くオリノコ川。
改めて海図を見てみると、かなり浅くて、大きな河口は一見船が入り放題でも、実際は一部のみ。
「あ、だめだ。
ここ以外は船が動けないことを海賊が知ってて、このドンツキで待ってるんだった。
有名なNZの船長がここで海賊に襲われて、ライフルを持ち出したけどしけってて、発砲できないうちに撃ち殺されたってところだ」
って、オリノコ川も、だめじゃん(涙)

その先はベネズエラである。
日本のテレビを騒がしているソマリアの海賊は商船を狙うけれど、ベネズエラの海賊は小さな船も容赦なく身包みをはぐ。
本当にやばいところなのです。

好奇心旺盛な冒険家の彼らも、さすがにここを避けて通るため、船を沖に出して一気にジャマイカを目指したそうな。

ジャマイカと言えばレゲエ。楽しそうなイメージの映画も多いですが。
人種差別がすごくて辟易したらしい。
黒人が白人を白人が黒人を。
黄色人種はこういう場合、黒人と白人の世界観の蚊帳の外なので、差別の対象に入らずに、案外輪に溶け込めちゃったりするのですが。
スペイン人は、褐色でも白人とみなされちゃうから、嫌な思いをいっぱいしたらしい(合掌)

・・・って、辛い話ばっかりなの?って聞いたら、次に行ったパナマは泣けるほど素敵だったとか(聞いてて、ほっ)

パナマと言えば運河です。
太平洋に出るのに通ると近道なのが、パナマ運河。
カリブ海と太平洋の高低差を段階的に調整する運河というのは、高校の地理で習った気がする。
それ以外にイメージがなかったのですが。
たくさんの少数民族が各自の民族衣装を着て、彼らの文化で住んでいるんだそうです。
その美しいこと、文化の興味深いこと。
人々は温かく、人懐っこく、陽気で、物価も安くて、最高~!
ってことで、ジョアンとラウラは、パナマで自分達の船をチャーターヨットにしてお金を稼ぎながら住んじゃったんだとか(笑)

へ~、メキシコのサン・クリストバル・デ・ラス・カサスみたいな所かなって、パパが言ったら。
「そうそう!そのとおり!」ってジョアンが激しく同意して。
メキシコ、いつ行ったの?って話から、偶然二人とも同じ年に行ってることがわかり(KUMA家で行く前に、パパは前にも行ってるのです)
もしかして、サン・クリストバルですれ違ってたのかも~なんて、素敵な偶然に大盛り上がりっ。
(サン・クリストバルがどんなところかは、記事と写真がメキシコ編に載ってます~)

知らなかった。パナマってそんなにいいところなんですね。
我が家も近いうちに絶対行くよ。
飛行機で・・・って言ったら、大爆笑であった。

ほんとにね、この国がいい!って行くなら、陸路がいいよねって、一同頷きあいました。
なんで船旅なんてしてるんだろうって(笑)



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by tabikuma | 2009-10-14 10:52 | 09年 船旅(最後のクルーズ)

blog「くーまくーま。」より旅だけをまとめたものです。


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